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ルーマニア思い出旅行

著:後藤 宏二

 今から25年前、この国でプラント建設の為一緒に働いていた仲間達と関西空港を早朝出発し、パリ経由で深夜遅くブカレストに到着した。久し振りのルーマニア訪問の第一夜は、私にとり期待と不安な気持が一杯で気分が高まり余り良く眠れなかった。共産党独裁政権が崩壊し自由になったとは言え、外国人にとり快適で自由な旅が出来るのだろうか。これから国の中央をくの字に曲がって横たわっているカルパチア山脈に囲まれた大自然と、中世の面影が残る街を巡る旅に向かうのだ。

 翌朝、英語が話せると言うドライバー付きのリムジンバスを雇い山麓のリゾ-ト地シナイヤを目指し出発した。
 ブカレストの街の町並みは昔と殆ど変わっていない。然し車の数が圧倒的に増えている。街角のバスターミナルや市場には明るい顔の通勤の人達や、朝の買い物の主婦達で忙しそうにごった返していた。
 郊外に出ると舗装された片側一車線の自動車道路に平行して同じ路面上に馬車専用道路があるのには驚いた。ただ白線を引いてあるだけの区分で、1頭立てあるいは2頭立ての馬車がその道路をトコトコと走っている。一見のどかではあるのだが、事故に繋がりかねないかと余計な心配をしてしまう。

 リムジンバスのドライバーは、「昔は定住しているジプシー達が馬を飼い農耕に使ったり、運搬に馬車を引いたりしていた。体制の改革後はルーマニア人の農家の人達も今は馬を大切な道具として使用している」との説明ではあったが、更に尋ねると、「今は共産主義時代の集団農場制が無くなったので個人ではとてもトラクターなど買えないよ」の返事が帰ってきた。政府は農民に対し購入資金の援助をしているらしいが、中々巧い具合には行っていないようである。
 山麓の街シナイヤは、昔度々訪れていたが夏は涼しく凌ぎ易いので共産党の幹部の別荘があり、一般の人には余り縁のない所と言う印象が強かった。ところが今や国内有数の観光地となっている。ルーマニア王の夏の離宮として建てられた華麗なペレシュ城には、今迄この国で見たことの無いない豪華なダイヤ、ヒスイをちりばめた王冠などが飾ってあった。又同じ敷地内にポスターなどに良く使われている外観の美しいペリショール城があり、そのすぐ近くの森の中にはチャウセスク大統領が使っていたと言う豪華な別荘フリショール城が見えてくる。他にもお城を改造した4つ星クラスのホテルもあり夏の避暑地、冬のスキー、リゾートのメッカとしてかなり賑わっているようだ。
 ここで驚いたのは、昼食に入った地元で1番と言われるレストラン。初めは我々だけであったが、後に入って来た2組のグループもみんな日本人だった事。一組は5人の中年のグループであったが、もう1組は30人前後の団体で関西の旅行会社が主催したブルガリア・ルーマニアツアーに参加した大阪の人達だった。最初はお互いに顔を見合わせ「何でこんな所まで来たの」と言う感じだったが、「私達は昔この国で、プラント建設の為4年間働いていたのだ」と言うと、大変驚いて、「どないやったその頃は、大変な国やったろうね」と小母ちゃん達から慰められた次第。
 逆に私達はやっと日本の人達も、このルーマニアに関心を持ち始めて呉れたのだと嬉しくなってきた。次に訪れたブラショフの街は、ルーマニア第2の都市でカルパチア山脈に囲まれたトランシルバニア地方の中心で12~13世紀の古くからドイツ人、ハンガリア人が移植して造った街だ。薄暗いレンガ造りの、やたらに尖塔の屋根が目立つ中世ドイツの面影を残している街である。ブラショフは吸血鬼ドラキュラの城で有名なブラン城に行く拠点でもある。ドラキュラ自体は実在しない小説上の人物である。そのモデルとなったこの地方の王様ベラド・ツエペッシュが子供の頃に訪れた事があると言うだけで有名になったらしい。人の生き血をすするドラキュラのイメージから、さぞかし蝙蝠が出てくるような薄暗い古城と思っていたが、実際は山麓にポツンと立つっている外観の美しい山城で余りにも事前のイメージと違いがある。その内部は敵の侵入を防ぐ為わざと狭くしてあるのか狭い廊下、小さい部屋、階段が沢山あるだけで、それ程立派なお城とは思えない。ヨーロッパから観光客が沢山来ており、城の内外に土産物屋が多いのにはおどろいた。ブラショフ最後の日、標高1000mのレゾート地ポイアナ・ブラショフに車で上がり、更に1700mの山頂近く迄ケーブルカーで登ってみた。足元の所々に残雪があり、その合間に日本では最近余り見られない高山植物のコマクサが薄いピンク色の花を咲かせていた。周囲を見渡せば、雪を頂に抱いた新緑のカルパチアの山々、その眺めはまさに絶景心が休まる思いがした。

 あっという間に過ぎてしまった今回の旅、この国は見事に変革している。事前の心配などは何も必要なかった。政府は観光に力を入れているようであり歴史的な建造物は整備されていたし、ホテルなども見違えるように良くなっている。
 ルーマニアには人類にとり何よりも大切な歴史と自然及び豊かな土地がある。それに加え暖かい人の心と物価の安さは魅力的であり、再度訪れたくなる。
 今の日本では珍しい大自然の中で自給自足の素朴な暮らしがしたいと言う私の希望が実現出来ることを願い帰国の途についた。 . . .

©後藤 宏二 権利者に無断で複製及び転載等は禁止。

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