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食いしん坊マラムレシュへ行く

ラパン 2002年

根っからの貧乏性である。

 例えば今までに食べたことのないくらい刺激的な、感動的な、おいしい料理に出会ったとする。 深くかみしめ、ゆっくり味わい、この幸せがずっと続いてほしいと願いながらも、やがて皿は空になる。

 そのとき「ハイごちそう様でした」では、何となくもったいないな-と思ってしまう。この幸せを忘れたくない、 残したい、活かしたいと思ってしまう。そこで自然にたどりついたのが、絵と文で記録することだった。 描き起こすことで、おいしかった思いを何度も眺めて味わうことができる。そして何より、絵の上達につながる。 子どものころから絵を描くことが好きだった私には、絵を描くことを仕事にしたいなーという淡い夢があった。

 日々の仕事に追われ、やらなければならないことが山積みで、記録するゆとりも絵を描く情熱も消えていた 五月のある日、ルーマニアのマラムレシュに行ってきた。

 マラムレシュに着いた私は、せっかくはるか遠い世界に来たのだから、いろいろなものを見て、考え、発見して、 感動して、記録して、と、いつものように欲張っていた。だが、録と花と、歌と踊りと、笑顔と澄んだ心が、 えんえんとあふれる絵本のような世界で、ゆったりと流れる空気に包まれていたら、 今ここでやらなければならないことはないんだと、気づいた。大きく深呼吸したり、 一面の録の中にばーっと手足を伸ばして寝転がったり、村人たちの陽気な声に耳を傾けたりして、 マラムレシュの日々をむさぼった。

 マラムレシュから帰った六月、再び忙しい日常のなかで、無性にマラムレシュを描きたくなって、 淡く優しい今までに描いたことのない絵をワーッと描いた。それは、記録するための、絵がうまくなりたいための絵ではなく、 子どものころ授業中に、先生の目を盗んでノートいっぱいに描いた、ラクガキのようなものだった。

初のルーマニア料理

私の旅は食べものから始まる。

 ルーマニアー日目、首都ブカレストのホテルで食べた朝食が素晴らしかった。チーズ、ヨーグルト、 バターといった乳製品がおいしい。濃厚でいて臭みがない。思わず「フレーッシユ」と叫びたくなる。 そして喜びはパンヘと続いた。甘い黄色のパン生地に赤と青のゼリーが人っている。おおっルーマニアの国旗色だ。 昼食は豪華にレストランでフルコースだった。

 「ふつうルーマニアのひとは、レストランで昼食という贅沢はしません」ガイドのエミリアがいう。 ルーマニアの物価は驚くほど安く、今日食べるフルコースは800円もしない。 だがルーマニア通貨で十56,000レイ(2001年5月 1円=約200レイ)だと聞いて、 たしかにそんな贅沢はできないと、納得する。
 前菜にでてきたのは羊のミルクから作られるカシユカヴァルと呼ばれるチーズのフライ、 羊のレバー炒め、オムレツなどに囲まれてのまるまるトマトであった。 トマトは「新鮮だからまるごとガブリと食べてみろ」の見た目の主張どおり、 酸味と香りが強い野生の味でまことにうまい。カシユカヴァル、レバー、オムレツは、 クセがなく塩コショウのあっさりとした味付けで食べやすい。ひとつひとつの素材の良さがきわだっている。

 次にでてきたのはチョルバだ。チョルバとはルーマニアではポピユラーな煮込みスープのことで、 臓物スープ(チョルバ・デ・ブルタ)や、ボルシチ風チキンスープ(チョルバ・デ・ブイ)など、 具や昧の異なるさまざまなチョルバがある。レストランのチョルバは、みじん切りの人参と 平たいきしめん状の麺が入ったおすましコンソメスープだった。

 メインはサルマーレ。いわゆる日本でいうところのロールキャベツである。 私が得意げに 「サルマーレは酢漬けキャベツを使っているんですよね」とガイドブックで手に入れたにわか知識を見せつけ、勤勉な日本人を装ったところ、 エミリアは 「いいえ、違います」とキッパリ否定するのである。 私は知ったかぶりの日本人に化してしまったことに頬を赤らめ、みるみる恥ずかしがりの日本人を露呈する。 エミリアの説明が続いた。

 「酢漬けのキャベツを使うのは冬季だけです。キャベツが採れる旬の時季は酢漬けにしません」 ガイドブックは。 サルマーレとは酢漬けのキャベツでひき肉やタマネギ、米などを巻いた一種のロールキャベツで、 ルーマニアの家庭料理を代表するものだ。昧、形には各家庭によって差があるごと説明していた。 エミリア宅の場合は、例えばお母さんが「酢漬けキャベツはあまり好きではないから、 旬の時季は普通のキャベツを使う」ということなのかもしれない。
 実際、レストランのサルマーレを食べて酢の味は感じられなかった。 煮込んでいるうちにスープや具のほうに分散し、薄まってしまったのだろうか。 それともエミリアのいうとおり、今の時季は酢漬けにしていないのか。 私は酸っぱさが大好きで、ルーマニアロールキャベツの特徴である酢漬けに注目していたのだが。

 さて、料理は続くよどこまでもと、ど1んとふっくらふくらんだクレープがでてきた。 華麗なるフィニッシュだ。中にはたっぷりカッテージチーズ。上にはお好みでサワークリームをかける。 女の子としては、「デザートは別腹なの1」と甘い声をだして食べるべきだが、 残念、半分ほど残してごちそう様とする。苦しい。 ドラキュラレストランでのショー付きディナーはキッパリ断ろう。 そして胃薬を飲んで眠り、朝起きて再びホテルの朝食を食べ放題する作戦である。 じつは、フレッシユなチーズ、ヨーグルト、バターがたいへん気に入ってしまったのだ。 日本に帰ったら食べられないと思うもの。

マラムレシュに来たのだ

 今回の旅の目的は、ルーマニアの原点ともいえる古い暮らしを残すマラムレシユ地方を訪ねることだ。 マラムレシユはブカレストから約六〇〇キロ、ウクライナとの国境に接する北西の奥地、 カルパチア山脈のふところに抱かれた場所にある。空気が冷たくゾクゾクと寒かったブカレストから、 北へ北へ進んでいるというのに、太陽がジリジリと近づいてくるようだ。暑い。快晴だ。

 砂利道、行き交う馬車、羊の群れ、羊飼いの少年、なだらかな丘、一面の緑、ポツンポツンとある花柄の家・・・。 幼いころ見た絵本の世界、幼いころの夢がえんえんと続いている。

マラムレシユに来たのだ。

 途中、ティサ川の向こうにウクライナを見た。川が国境となっている。 緑色の穏やかな川の両岸に欝蒼と茂る草木があるだけで、柵や警備兵はない。想像していたのとは違って 随分と無防備なんだなあと気持もゆるみ、ルーマニアから川をはさんで見るウクライナを、バシャリバシャリとカメラに収めた。
 その後、国境沿いを車でビユンビユン進んで行くと、若い二人の国境警備兵が現れた。 肩にぶらりと大きな銃を下げている。

 「後ろの外国人、パスポート見せろといっています」エミリアがそっと伝える。 言葉も習慣も歴史も文化も何もわからなぃ国の、異国と接する緊張の場所で、 この先どうなってしまうのだろう、まった く想像ができない。

 警備兵に対応するのは運転手のジジである。何事も穏便に簡単に済ませたい日本人としては 「パスポートぐらいいくらでもお見せしましょう。ヘヘーっ」と弱気なのだが、ジジは生粋のルーマニア人、 なんも悪いことしてないぞと強気である。警備兵に激しく何事か繰返し叫んでいる。
 「パスポートなんて見せる必要ない。そんなにいうなら上司を呼んでこいとジジは言っています」 エミリアの丁寧な説明が入る。緊迫の時は数分続き、やがて警備兵は厳しい顔のまま消えていった。

 ジジは、それまでの荒々しい運転を改め、ゆるりゆるりと周りを用心深く確かめながらの安全運転を始めた。 どうやら警備兵が「この先に上官が待っているからな」といっていたらしい。

 上官に会うことはなかった。

サプンツァ村の陽気な墓

 墓地が観光地となっている珍しい場所だ。サプンツァ村のその名も「陽気な墓」には、 墓に眠る人の人生を紹介した面白おかしい文章と挿絵が、木の板に彫刻され彩色された墓標が並んでいる。 ひとびとの深い哀悼と愛情によって刻まれた、ひとりひとりの生きたしるしが、堂々と鮮やかに立っている。

 例えば、カーペットを編む女の人の絵がある板に書かれていた人生は、 “私はこの村に住むマリアと申します。私はたくさんきれいなカーペットを作りました。 このサプンツァのように小さな村ではなく、大きな街に店をかまえて、 お金持ちの偉い人にカーペットを売っていました。だから私は大金持ちになった。 子どもも素晴らしくて、長男は村一番の大金持ちになった。

 次男はいい大学に行き、私が病気になると看病してくれた。そして幸せのとき、死は訪れた。

 どんどん私の家(墓)を観に来てくれ! そして私の人生を笑ってくれ!共感してくれ!  という明るく大らかな声が、地の底から聞こえてくるようだ。それにこたえるように、 今日も地元の子どもたちが遊びに来ていて、ワーッと騒いで元気に走り回って、 ときには墓(墓に眠るひと)を踏んでしまったりしている。

 どうして日本の墓場は、いつもシンと静かで厳かで近づきにくいものなのだろう。 どうして日本の墓は、みんなおんなじで灰色で石なんだろう。 マラムレシユに来て、「死」と明るく向かい合って生きるひとびとの墓場の中で、初めて「死」のことを考え、思った。

初のルーマニア家庭料理

 旅の終わり、ボティザ村のベルベカールさんの一家で、ルーマニアの家庭料理をごちそうになった。 台所で料理の盛りつけをしていた娘のイナさんと挨拶を交わし、立ったままツイカで「ノロック(乾杯)」。 ツイカはプラムなどの果実から造る蒸留酒で、ルーマニアの食卓や宴には欠かせない。 アルコール度は四十五~六十五度と高いが、ルーマニアのひとは、まずは一杯とすすめられたら 、親愛のしるしとしてクイッと軽く飲み干してしまう。

 席に着くと、すでにさまざまな前菜が並んでいた。チーズ、ハム、サラミ、パン、ディップ……。 すべてーから心をこめてのベルベカールお母さんの手づくりである。 まず、鮮やかなオレンジ色のザクスカというパプリカのディップをパンに付けて食べる。 うまい。パンも素朴で深い味わいがあってしみじみとうまい。青いトマト(熟していないトマト)のピクルスというのもあった。 シャキッとした歯触りといい、口いっぱいに広がるすがすがしい酸っぱさといい、衝撃である。 帰ったらトマトを自家栽培して作ってみようと決意した。

 前菜ですっかり腹いっぱい満足になってしまったが、チョルバもメインのサルマーレも目の前にしたら、 「食べられない」と断ることはできなかった。レストランで食べたものとは見た目から違っている。 食べて味の違いを確かめなければならないと、食いしん坊は気をひきしめ、ベルトをゆるめる。
 チョルバは、ゴロゴロとおっきなゆで卵や野菜や肉がたっくさん入っていて、 たっくさん食べておっきくなってね」というお母さんの愛を感じさせる田舎風豪快スープだ。 サルマーレはレストランのものよりシンプルな味と形。小ぶりで食べやすく各自食べたい量を大皿からとるスタイルだ。 好みでサワークリームをかける。「うまいうまい。お母さんが作るサルマーレが一番好きだ」と五つほど食べるが、 やはり酢漬けの効能は見つけられない。

 そしてイナさんが作ってくれたデザートー 見た目は四角く大きなショートケーキ。 チョコレートのムースがはさんであって、スポンジはムチムチと弾力がある。 世界にたったひとつイナさんオリジナルスペシャルショートケーキの味だった。

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