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ヴォロネツ修道院

ヴォロネツ修道院は、ゲラ・フモルルイから8キロ南、同名の村の近くに所在している。国道から分かれる道に人って、村を通過すると修道院の前に到着する。にぎやかなおみやげ物の屋台がまわりに並ぶ、大型バスが10台ほど駐車できる広い駐車場から修道院の壁の向こうに教会堂の屋根が見える。

モルドヴァの中世歴史学者イオン・ネクルチエ氏(1662-1743)のルーマニア年代記によると、この修道院は1488年にシュテファン大公(1433-1504)が、聖ゲオルゲに捧げる尼僧院として、創建を命じたという。このきっかけは、モルドヴァの領主であったシュテファン大公が、隠者ダニイルを証人に、トルコ人をドナウ川の南まで追い返すことができれば、教会を建立すると誓ったことであるとされている。 1488年、トルコ軍との交戦に勝利を収めてから、/シュ、テファン大公は3ヵ月と21日でヴォロネツ修道院を完成させ、隠者ダニイルのためにも小さな隠居所を岩に掘らせたという。

修道院の修道活動は建立後、北モルドヴァ地方がハプ芦ブルク帝国の配下に置かれる直前の1785年まで約300年続き、そしておよそ2世紀のギヤツプの後、ルーマニアの共産政権が倒れた1991年に再開した。現在修道女たちは、イリナ・パンテスク修道院長のもとで、礼拝を中心として農作業、聖画製作の生活をしながら観光ガイドも行なっている。
修道院の内壁・外壁を飾る壁画は、1534~35年に、当時の大学者であるグリゴレ・ロシカ大司教の命で描かれたものである。

ヴォロネツ修道院は、中世モルドヴァ建築、そして絵画に関して代表的な存在やある。シュテファン大公の時代、和平条約を結んでは攻撃するというのが主要な外交方法であったが、建立当年にトルコ軍に対して勝利を収めただけあって、大公や国民の精神的な余裕が、ヴォロネツの建築的な豊かさに反映されていると言えるかもしれない。教会堂は中世モルドヴァ建築において典型的な三尖頭で、様式的にはビザンツ風で仕上げられている。壁画や建築的な美しさに加え、長さ25.5m、幅7.7mという規模(張り出し屋根を除いた長さ)も特筆すべきであろう。

張り出し屋根は1547年に、同グリゴレ・ロシュカ大司教の命により増築された。 ドアにはルネサンスの枠装飾があるが、ドアや窓に残っている壊れたアーチの石彫はゴシック様式である。建物を補強する外壁のバットレス(控え壁)もルーマニア風ゴシック様式である。このバットレスは外観的な役割とともに、数百年にわ光り風雨から壁画を守る役割を併せ持ってきた。
教会の壁面に施された彩画の作者は、中心人物だったマルク(Marcu)を除いて不詳。(マルクの名は入口戸口の左側に刻まれているため判明した)。彩画は我々に、忘れがたい色のハーモニーを見せてくれる。明快かつ繊細で、特別な創作的用法により描かれているためである。そこにはモルドヴァの精神の温和さと温情さとがしみ込んでいる。それに対し、青や緑の彩色は周辺の自然より着想を得たものである。

ヴォロネツ修道院の教会堂は幅広く賞賛されており、「東のシステイーナ礼拝堂」と呼ぶ声もある。壁画にふんだんに使われている豊かな水色のヴォロネツ・ブルーは、まぎれもない北モルドヴァの芸術のオリジナルの色彩で、いまやチチアン・レッド(赤褐色)やヴェロネーゼ・グリーン(エメラルド色)などというイタリアルネサンスの著名な色と共に、美術用語辞典に載っている。ちなみに、ヴォロネツ・ブルーは現代的な科学ですら再現できないといわれている。

画題はいずれもキリスト教の宗教場面である。これらは当時のモルドヴァ地方に生きた人々を描いたものであり、そこには熱烈な人間主義を抱いていた画家たちの姿が見えてくる。たとえば天使の顔は、モルドヴァ地方の女性の顔そのものである。大天使は 「ブチュン」という、木造の長い伝統吹楽器を吹いている。天国に連ばれる死者の魂は、モルドヴァ地方の伝統的な織物を着ている。それに対して、地獄で罰せられる魂は、トルコ風のターバンを被った姿になっている。当時、トルコがモルドヴァ人のもっとも恐れた強敵であった気持ちがうかがわれる。

北側外壁は残念ながら他の修道院と同じように、数百年の悪天候によって浸食・劣化して、観察しにくくなっている。 ここに「天地創造」、 「アダムの誘惑」などの場面を画いた壁画がある。

南側外壁にはイスの物語を系統的に表した「エッサイの木」があり、ブドウの木をモチーフにした8点の連作の中に、100人近くの人物が登場している。こめ壁面にはシュテファン大公の誓約の証人となうた「隠者ダニイル」の肖像と見られる絵画がある。

保存状態が最もよく、かつ当時の芸術がもっとも輝かしく見える作品は教会の西側壁面にある。ここには「最後の審判」という場面を画いた壁画がある。ルーマニアのどの修道院にも存在するほど多くあるこの場面の壁画のうち、ヴォロネツにあるこれが最も見事なひとつであるといっても過言ではなかろう。

壁画の上から、「神」の窓が開き、最後の審判がこれから始まるという意味をもつ幕がめくられ、三位一体を構成する神、イエスと聖霊(鳩)が画かれるという内容は、モルドヴァの絵画の特徴をよく表している。三位一体の隣には、預言者、教主、殉教者、モーセ、アダムとイヴも描かれている。イエスの足元からは炎の川が広がり、その中で多くの人々が逃げ道を探してもがいている。その周りにはライオンやゾウなど陸の動物と、クジラ・魚・タコなど海の生きものが描かれている。のこぎりの歯状に画かれている砂浜も特徴的である。動物の寓話的表現を含め、これは、16世紀モルドヴァ地方におけるもっとも完成度の高い絵画のひとつといえる。

別の図像では、死者に対する審判の重みを象徴した正義の天秤を手にした人物像がある。右から左まで、審判を受ける者の所有財産について悪魔たちが口論している。罪人の多くはトルコ人やタタール人であり、しかもその表情は険しく、捧猛である。動物もまた審判に加わっており、野獣によってバラバラにされた人間の胴体を復活させようと、肉片を返している。ルーマニア人が無罪の象徴と見なしていたシカだけは、この列に加わっていな「天国の門」では、門に殺到する人々の様子が描かれている。

一人一人の人間が個性的に面白おかしく表現しようとした画家の意図が見て取れる。
ヴォロネツ修道院では内部の壁画も素晴らしい。身廊のほとんどが宗教画で埋め尽くされているが、身廊の右側には、ヴォロネツ教会の奉納を画いた壁画があり、ここにシュテファン大公とそ の一家が描かれている一部がある。また支配者用に設けられた玉座は木彫の傑作とされている。
壁画がヴォロネツ修道院の見える場面のひとつに過ぎず、ヴォロネツ修道院は、「ヴォロネツの古い写本」、「ヴォロネツの賛美歌集」など、ルーマニアの貴重な歴史書が出版された場所でもある。 この修道院のルーマニア人の国民的文化の象徴のひとつである。

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